平成22年 2月26日(金) 23:30上野発急行「能登」金沢行きのレポートです。

 

さようなら急行「能登」の旅


郷愁を誘う北の玄関口上野駅

母の田舎が青森ですので、よく小さい頃は、ここから特急「はつかり」や
「ゆうづる」に乗って、8
時間以上の特急のたびを経験していました。
もちろん食堂車付です!
写真下は、手荷物扱い所で、よくりんごの入った段ボール箱をここで受け
取り、手がちぎれそうになって、運んだ記憶がよみがえります。今は宅配
があり便利です。


日常生活では、味わえない夜の上野駅。関東人にはなじみのある、壁画も
ちゃんと残っています。そういえば、夜行急行「八甲田」で青森へ行った
ことも思い出されます。スハ43系でした。
「能登」先に出発の特急「北陸」です。
さよならの日は、ニュースでもすごい話題になっていました。
残すブルートレインは、あと青森行きの「あけぼの」と「日本海」になって
しまいましたね。
さて、お次は、本命の急行「能登」です。いつの間にか、急行と言う響きも
懐かしくなってしまいましたね。
何の変哲もない写真ですが、このように当たり前にたたずむクリームと
赤の特急形電車ももう見納めかなと思いシャッターを切りました。
出ました! ボンネット! 「こだま」の血を受け継ぐこの顔!
絶妙のボンネットの角度をお楽しみください。


お次は車内をご案内いたします。由緒正しき1等車には車掌室もついています。

ちゃんと赤いじゅうたんが敷いてありました。昔は禁煙ではなかったですね。
煙モウモウだったかもしれません。

少々バケットタイプになりましたが、これがかなりオリジナルに近いそうです。
確かに背もたれは、今の特急にはない、背の低いものです。
後から見ると、こんな感じで、テーブルもむき出しで、足置きも昔のままです。
懐かしい網ポケットもついています。

大混雑の半室サロン。オリジナルでなく改造によって出来たものですが、長旅にはこのような車輌が必要でした。
カウンターが往時のビュフェを思い返します。

金沢には、混乱もなく到着し、約7時間の特急型電車の旅は終了しました。夜行なので、途中は、室内は減光され、
眠りましたが、一等席
2人分を一人で使う贅沢さは、心地よく、これが「こだま」の時代でしたら、考えられもしないできごとでした。

帰りは、JR西日本が誇る681系でしたが、室内はやはり489系の方が静かでした。「ゴトン、ゴトン」という低音と
TR69空気ばね台車による適度な揺れは快適な旅を演出していました。ガタン!という発車時の揺れは、連結器のせい
でしょうか、
古さを感じましたね。
金沢からは、北陸鉄道に乗り、今後の鉄道ライフの祈願のために、白山比刀iしろやまひめ)神社に行きお参りし、帰りは、
銘酒「菊姫」の蔵元に寄って再び北陸鉄道で帰りました。
この鉄道は、たった2輌編成のローカル私鉄ですが、女性のアテンダントが乗っています。スッとした立ち振る舞いと
ニコやかな笑顔がたまりません。
これぞ往年のつばめガールを髣髴させます。地方のローカル私鉄もかんばっていますなぁ。最後におまけの画像をつけて、
報告を終わります。金沢では、日帰り湯につかり、旅の気分を盛り上げましたが、もう少しゆっくりしたかったです。
拙い報告記にお付き合いくださりありがとうございました。

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